日本で使っているマニュアルや手順書を、そのままインドネシア語に翻訳しただけでは、従業員には全く理解できないし、作業もできない。インドネシアにおいては日本の「当たり前」このとが通用しないからだ。インドネシア従業員に作業を指導するには、”インドネシア専用の手順書”がどうしても必要になる。
今回は高い品質を保ち、効率的に生産するために、会社の知恵が詰まっている手順書の作成方法についてご紹介する。私がインドネシアに9年以上駐在し、試行錯誤の末にようやく見つけ出した、インドネシアに最適な作業手順作成法だ。
御社のマニュアルや手順書を作成する際のヒントがたくさんあると思っているので、ぜひ参考にしていただきたい。
1.翻訳者に理解させる
2.目次を作成する
3.作業ごとの手順書を作る
4.作業者に渡してチェックする
5.マニュアルどうりの作業か確認する
6.マニュアルを改善する
7.通常作業以外の手順を作成する
8.サービス関係の手順書
1.翻訳者に理解させる
[出典:translatortersumpah.com]
・まず翻訳者に理解させる
日本のものづくりの会社には、企業秘密であり、長年の英知が積み重なった作業手順書がある。しかし、そのままインドネシア語に翻訳しても、現地の作業員はまったく作業が出来ない。日本で使われている作業手順書は、日本の現場に設置された設備を使い、日本の工場の配置で、日本で働いている人向けにつくられた作業手順書だからだ。
現場で使われる手順書は、ISO(国際標準化機構)のマネジメントシステム取得のために文書化され、様々な書類と関係しながら成り立っている。インドネシアの現場の作業者が、ある作業をするために「この部分の作業は◯◯標準作業の13番を参照する」などと書かれていても、現場で働く作業者はどうしたら良いのか迷ってしまう。
結果、作業者はリーダーや経験者に聞き、教えてもらったことだけをやり、作業が異常であることを知らないまま続けしまうのだ。他のリーダーから作業の異常を指摘されても「◯◯さんからこのように教わった」という返事になり、手順書の存在の意味がなくなるのだ。
作業手順書を作成するには、インドネシア人に理解でき、標準作業ができるように、”すべての作業”を一つの手順書に書いておかなければならないのだ。
まず最初にやるべきことは、作業をしたことがない翻訳者に理解させることだ。翻訳を依頼する日本人は、内容を理解して翻訳していると思いがちだが、翻訳者は書かれた内容を、1文ごとに単純に翻訳してしまう。
翻訳者は、言語の専門家であって、あなたの分野の作業の専門家ではない。
作業を一度もやったことがない翻訳者は、正しく作業を理解することは無理だ。だから、日本人がデモンストレーションをして作業自体を見てもらうか、簡単な作業であれば翻訳者自身にやってもらうことが必須となる。一度でも経験すると、言葉だけでは理解できなかった作業がわかり、日本語の作業手順書に書かれていない細かい内容が見えてくるのだ。
・専門用語の解説をする
どの分野においても専門用語や、社内だけで通用する言葉が存在する。専門用語だと思われる言葉を翻訳者からたずねられた場合には、はっきりと自社の定義を伝えておくことだ。近年インターネッットの普及で、翻訳者も安易にフリーの通訳ソフトを使っている。
あきらかに業界からみれば間違っていることを、翻訳ソフトの答えどうりに訳してしまうことがあるからだ。専門用語を解説したら、日本語ーインドネシア語の専門用語集を作っておくと、他の翻訳者や手順書作成者に変わっても使えることになる。
2.目次を作成する

手順書は作業を伝える道具なので、相手にわかりやすいように作成することが基本となる。作業は、お客様の求める品質を、最短の時間で、作業者に負担をかけることなく、繰り返しできること、が求められる。
インドネシアの工場においては、設備も人も、材料の置き場も違ってくるので、最初に日本人の指導者が作業をやって見せることだ。実際にインドネシアの現場で作業をやると、日本語で書かれた手順書の順序とは少し違ったものになる。
異なる点をチェックしながら、作業や工程を並び替え、現場でもっとも最適な作業順序にしていく。手順書も最適な順番になるように組み変えていきながら、作業全体の目次を作っていくことだ。
これらの作業を現地の担当者と翻訳者を交えて一緒にやると、一連の作業の全体象が見えてくる。
3.作業ごとの手順書を作る

日本語で書かれた手順書には、当たり前のことが書かれていない場合が多いので、それぞれの工程について、できるだけ細かい作業ごとに分解していく。
例えば、ナット締める作業において、日本語の手順書は、
「スパナ5番を使ってナットを締める」
としか書かれていない。これでは、現場の作業者は理解も行動もできない。だから当たり前のことも細かく書いておくことだ。例えば、
・左手だけでナットが下面に着くまで締める。スパナを工具棚23番から、右手で取り出す。
・右手に持ったスパナの番号が”5番”であることを、目で見て確認する。
・”5番”のスパナをナットにかけ、右回りに回す。
・少し重くなったと感じたところから、トルク5kgf±0.3 になるように締める。
・スパナをナットから外し、ナットが座金と完全に接触していることを目で確認する。
・左手でナットを左右に回して、締まっていることを確認する。
・スパナを工具棚23番に戻す
たかがナットを締める工程だが、このくらいに細かく書かないと、インドネシアの作業者に品質の高い、繰り返し作業はできない。
作業ごとの手順書を作成する時のポイントは以下だ。
・できるだけ工程を分割し、動作にする
できるだけ「動作レベル」まで細かく分解し、記入する。道具のもち方、使い方、返却する場所も書き入れる。図やイラスト、写真などをいれるとさらに理解しやすい。
・右手・左手、右足・左足の動作を指定する
右手・左手または、親指・人差し指、右足・左足などを必ず入れて動作を指定することだ。作業をどの手や指を使い、どのように持つのか、回転させるのか、目で確認するのか、といった動作を書くことだ。右手と左手で違う作業が同時進行する場合も詳しく記入する。
・作業の確認は、五感を入れる
作業の確認は、目で見る・耳で聞く・匂いを感じる・触るなどを入れることだ。作業の途中や担当作業が終了した時には、自分の行った作業が正しく完了したかどうかを確認するための動作を入れる。
例えば、「ナットが座金と完全に接触していることを目で確認する」や「左手でナットを左右に回して、締まっていることを確認する」などだ。
寸法などを計る場合にも、一連の動作として記入する。
・カン・コツも動作ごとに記入
動作で重要なことや、コツが必要な場合にも、動作ごとに記入する。または、「ここがポイント!」など別枠で記入することも良い。組み立てや加工の際の「カン・コツ」はできるだけシンプルに表現し、1〜2ヶ所程度にすること。ポイントが多すぎると作業自体ができなくなってしまう。
・イレギュラーな作業も記入しておく
不良品をみつけた、不良品を作ってしまった、などの場合には、どういう行動をしたら良いかを記入しておく。
例えば、スパナで締め終わった後の確認で「ナットが座面接触していなかった」場合にはどういう行動をしたら良いかを書く。
取り扱い説明書によく書かれている「よくある質問コーナー」のような内容だ。一つの作業の途中で発見した場合と作業完了時に発見した場合があるので、両方とも示しておく。
ナットの例では、「不具合品を発見した場合は、部品・工具を持ったまま、一歩下がり、”管理者呼び出しボタン”を押す」と書いておく。
すると、不具合品は作業者が持っているので、良品と混入しないし、管理者が不具合品の調査をすぐできるのだ。もちろんラインはストップする。
・目視などのチェック項目も記入
作業工程内での目視などの簡単なチェック項目も、写真やイラストを手順書に記入しておく。目視判定の場合は3つに分ける。色分けをしておくとさらに良い。
・良品
・限界品(限界で良品なのか、不良品なのかを必ず表示)
・不良品
検査する工程においては、どういう順番で検査するのかの手順を記入し、品質基準は品質管理と協議して決めておく。
4.作業者に渡してチェックする

手順書は読んだだけで、理解し、作業ができなければならない。ある程度出来上がった手順書は、現場の作業者に渡して「理解できるか」「作業ができるか」を確認することだ。作業者ができなかったり、考えたり、迷ったり、質問してきた場合には手順書の改善ポイントになる。
例えば、ナットを締める作業の場合に、
「スパナが置いてある工具棚に手がとどかない」
「スパナ”5番”の表示が見えにくい」
「ナットを左手で回す時にどうやって回すのか迷ってしまう」
「ナットと座金が接触しているかどうかを腰をかがめないと見れない」などだ。
インドネシアの場合に、作業者が女性の場合が多いので、背の高さ、視点の高さ、腕力などに注意することだ。現場の作業者は我慢強く、言われたことをやるので、手が痛くなったり、腱鞘炎になったとしても上司に報告しない場合があるので、必ず現場で確認しすることだ。
また、ハンダ付け作業などはアレルギーになる作業者がいるので、マスクの着用や排気施設も手順書に書いておく。
手順書を作成したら、必ず品質管理グループと協議し、承認を得ること。品質基準や、寸法など図面との整合性やファイリング番号などを統一した基準で記入していく。
5.マニュアルどうりの作業か確認する

手順書が品質管理グループの承認を得て、現場で正式に使用を始めたら、実際の現場で手順書通りに作業がやられているかを確認する。確認するのはその現場のリーダーだ。まず、現場のリーダーに要求されることは、その作業を手順書通りにできなければならない。
確認方法は、リーダーが手順書を見ながら、
・現場の作業者が手順書どおりに作業をしているのか、
・指定された確認項目をチェックしているのかを後ろから見る。
自動車教習所の教官のイメージだ。
運用が始まって数週間は、現場の作業者が手順書通りの作業をしているかを確認する。作業者が慣れてくると、実際の作業と手順書に書かれた内容とが違ってくる場合がある。
品質を保ちながら、作業を効率的にできる改善の場合、作業者はリーダーに提案する。逆に作業者の怠慢で、確認項目をやらなかったり、手順書通りの順番でやられていない場合は、リーダーが再度指導をする。
良い改善の場合にはリーダーは品質管理グループに提案し、手順書を変更してもらう。
よくある間違いは、作業者やリーダーが効率的ではないと勝手に判断し、現場においてある手順書を修正したり、削除したりすることだ。すると、品質管理グループでファイルされている手順書原本と現場で使われている手順書の違いが出てしまう。もちろん品質が保たれない。
リーダーは、変更する場合には手順書に書き込まずに、品質管理グループに提案することを徹底させることだ。
作業者が不良品を作ってしまった場合に、作業者は隠す傾向がある。責任を問われたり、怒られたり、恥ずかしかったりするからだ。
作業者には、不良品を作ってしまった場合の対処方法も手順書に書いておく。作業者に考えさせてはいけない。不良品を作ってしまった場合には、担当のリーダーが来るまで、そのままの状態で待つことを手順書に記入し、徹底させる。
作業者には手順書に書かれたこと以外を、絶対にさせないことだ。同じ作業を、同じタイミングで、同じ時間内に終了するように、手順書があるからだ。
6.マニュアルを改善する

1週間ぐらい経つと、作業者は手順書通りの作業を、ある一定の時間内に終了することができるようになる。これがサイクルタイムになる。手順書には目標サイクルタイムを記入するが、手先の器用なインドネシア人従業員には目標タイムよりも早くできる人が出てくる。
手順書作成者は目標タイムよりも早くできる人の動作を観察し、品質を落とさずに早くできる手順書に変えていくことだ。
例えば、左手でナットを回す間に、視線をそらさずにスパナを右手で持って、指で番号を確認してナットのすぐ近くまで持ってくる。ナットの角度を予想し、スパナの位置を決めて回す、などだ。
一番早くできる人の動作を手順書に書き入れて、目標作業時間を短くしていくのだ。他の作業者はすぐにはできないかもしれないが、毎日同じ作業をしている作業者にとっては、数週間とはかからずほぼマスターできる。
一つ一つの動作の時間が短くなったら、ラインの作業者を減らしていく。
例えば、今まで10人でやっていた工程を、9人、8人と減らしていく。手順書には、人数が少なくなった場合の動作分担を決めて、予定生産数も変えていく。注文が多い場合には、最大の生産数量にするが、注文が少なくなった場合にも対応できるように、人数を減らすことによって調整できるようにしておく。
多く工場では、注文が少なくなっても、作業者を減らしていない場合がある。そのほうが作業者にとっては余裕ができ、簡単になるからだ。だから目標生産数ごとに投入人数を決めておけば、生産数量の変化に対応できるようになる。
7.通常作業以外の手順を作成する

実際の作業現場での手順書以外にも、手順書やマニュアルは必要だ。
以下のような手順書も作成する。
・タイムカードの押し方
私赴任した工場では、タイムカードではなく”ハンドパンチ”という手の形と高さを生体認証するシステムを採用した。遅刻しそうな友人のタイムカードを押す人が後を絶たなかったからだ。これから導入する場合は指紋や指静脈認証でもよい。
アマノの生体認証システム
(http://www.tis.amano.co.jp/product/employment/biometric-authentication/)
・ロッカーの使い方
ロッカーに入れて良いもの、悪いものを記載しておく。工場などでよくあるのは、製品や材料を少しづつロッカーの持ち込んで、運び出す従業員がいるからだ。
・手洗い場の使い方
石鹸の保管方法、節水の方法などを示す。
・お祈り場所の使い方
お祈りの時に使用する衣服やマットのなどをどこにどのように保管するかを決める。特に女性のお祈り用の衣服の保管方法を決めておく。
・掃除道具の管理方法
掃除道具にはレベルや番号をつけておくこと。掃除道具の破損やゴミの付着程度を写真などで記載する。
・食堂の使い方
トレイを持って順番に並ぶことや、後かたずけの方法を記載。ケータリング業者の決定方法も明記しておく。
・食事後の手洗い・歯磨き方法
歯磨き中は水道を止めて節水を推奨したり、手の洗い方を表示する。歯ブラシなどの保管場所も規定しておく。
・通勤バス乗車方法
通勤バスの前面の表示や、会社のロゴマークの掲示位置や、バス担当者を決めるなど。
・喫煙場所と使い方
喫煙場所の設置と消化用の水の用意、灰皿の管理者を決め定時間でやることを決める。
・緊急避難時の仕方
緊急時の対処方法、避難の経路、避難場所における従業員の確認方法などの手順を記載。
・けが人発生時の対処方法
ケガ人発生時の初期動作、運搬、連絡方法などを記載
・設備メンテナンス方法
設備管理部門が作成し、定期点検や校正などの時期、年間計画などを記載
・輸出入業務手順
事務的な繰り返し作業なので、手順書を作成することができる。
・入出庫手順
インボイスや納品書と現品の確認方法。出庫する場合の手続きなど。
・在庫・棚卸し方法
倉庫内の高さ、棚卸し方法を決める。棚卸しはできれば毎月行うか、循環棚卸しを実施する。
・運転に関する方法
社用車を使用する場合の運行管理シートの記入方法、最高速度、法規を守ることなど。
・個人情報保護に関する方法
パソコンの使い方、データの保管方法など。パスワードやウィルスチェックなども規定しておく。
・クレームに関する手順
クレームが発生した場合の、初期動作、招集、協議方法なども細かく決めておく。
8.サービス関係の手順書

サービス関係のマニュアルも同じように動作の手順を詳しく書いておく。誰がやっても同じ結果になるようにすることだ。大量に手順書が作成されるが、今までやっていることを、担当者に書かせることがよい。基本的な考えかたは、誰がやってもできるようにしておくことだ。
会社外部と接触の多い購買や出荷業務、金銭がからむ経理などは、手順書にしておくと人事の配置変えが用意にでき、不正の防止につながるからだ。
・あいさつの方法
・電話対応マニュアル
・お問い合わせ対応マニュアル
・商品説明の手順
・店内誘導手順
・在庫確認する場合の方法
・お支払時の手順
・品物を渡す手順
・お送りする手順
経理・人事の出勤管理などのルーティーンワークもマニュアルにする。
・領収書の分類
・小口現金の取り扱い
・給与の振込
・仮払いの方法
・月次決算の方法
・出張・旅費計算方法
・出勤管理方法
まとめ
日本で使っている手順書をそのまま翻訳しても、インドネシア従業員には全く伝わらない。できるだけ細かく、動作に分解し、小学生でも読めば理解できて、作業ができるように記載しなければならない。さらに、生産のための作業でだけではなく事務、サービス部門においてもマニュアルを作っておくことで、だれにでもできて、不正防止にもつながる。
「マニュアルだらけ」になると思っているかもしれないが、文化のまったく異なるインドネシア人に教える方法は、これしかないない。マニュアルは、文章だけではなく、ビデオなども併用していくと理解が早くなる。
ぜひこの記事を参考にして、御社のオリジナルの手順書を作成し、生産性を向上させてほしい。