インドネシアの工場に赴任すると予想もしない、さまざまな問題にぶつかる。私が9年間インドネシアへの赴任経験からたいへん重要だと断言できることは、日本の本社との関係だ。当時を振り返り、「赴任前に知っておけばよかった」と後悔している物事の中から、もっとも大切な6つの実情と解決策をご紹介する。
もしこれからインドネシア赴任が控えているという人、あるいは赴任の可能性があるかもしれないと思っている人はぜひ読んでほしい。そして、これからの赴任や駐在に役立ててほしい。
1. インドネシアの休日には10連休もある
2. 短期就労ビザが必携の国インドネシア
3. 赴任者のモチベーションを維持するための秘訣
4. 給与は個別に決めることで妻も安心
5. 赴任期間をきちんと守ることでパフォーマンスは高まる
6. 横領事件を防ぐための秘訣
7. 日本人同士の不仲はウツの原因
1. インドネシアの休日には10連休もある
インドネシア工場の担当者や管理者にとって、一番注意が必要なのは、彼らインドネシア人たちの休日・断食明けのイドゥル・フィトリという名前の連休だ。
近年では、断食明けの前後に政令指定休日と土日をつなげて連休にしている。2014年は9連休,2015年は6連休となり、2016年と2017年では10連休を予定している。そして、イスラム暦なので西暦と同じ時期ではなく、毎年2週間ほど早まっていくのだ。
インドネシアにおいては、日本のお正月や中国の旧暦新年と同じように帰省する人がたくさんいる。イドゥル・フィトリは都会に働いている人が田舎に帰り、家族で断食が開けたお祝いをすることが一般的になっているからだ。交通機関の発達が遅れている島国のインドネシアでは、長距離バスや船を乗り継ぎ、田舎に帰る片道だけで1日~2日かかることもある。
以前は、断食明けの休日は2日間だけだったが、政府関係の役人がその前後に有給休暇を取り、実質的に役所関係の業務が機能していなかった。そのため断食明けの休みの前後に、政府が休日を追加したのだ。日本語に正式に翻訳すると「政令指定休日」だが、直訳すると「共同の有給消化日」(Cuti Bersama)という意味だ。
以下に2014年の実績から2019年までの休日を書いておいた。ただし、1ヶ月ぐらい前に政府が休日を変更することがあるので、最新の情報を確認してほしい。
[インドネシア休日表(2015.8.10):出展:ガルーダ・インドネシア航空祝祭日カレンダー及びkalender-Indoneisa.Comより抜粋]
インドネシアの休日を、私たち日本人はほとんど知らない。そのためにカレンダーを関係する部署に貼ってもらい、少なくとも営業日の理解をしてもらうことがファーストステップになる。
インドネシアでは6つの宗教が政府によって決められている。外国人が住民票を取得するときには、自分の宗教を書かなければならないし、住民登録カードにも宗教を記載している。その宗教と割合(2014年)は以下の6つだ。
・イスラム教:87.18%
・キリスト教(プロテスタント):6.96%
・キリスト教(カトリック):2.91%
・ヒンズー教:1.69%
・仏教:0.72%
・儒教:0.05%
この6つの宗教だ。
宗教にもとずく休日の時期は、毎年変わる。工場においては、11月ごろから次の年間の休日を決めるのだが、何度も話し合って決めなければならない。従業員は土日とつなげて連休にしたいし、管理側は週40時間という規定をギリギリまで使いたいと思っているからだ。
以前いた工場はジャカルタ郊外にあったためヒンズー教徒はいなかった。そのためヒンズー教の休日・ニュピを出勤日にし、平日を休日にして、月間の労働時間を確保していた。なお、バリ島はヒンズー教徒が多いのでよく従業員と話し会うことだ。
断食明けの日は、宗教省が約1ヶ月前に「月の満ち欠け」を観察して決定するため、予定より1日前後ずれることが多い。従業員はその決定を待ち望んでいる。それは、満席になる前に、バスや汽車の予約チケットを購入するからだ。
約30日間続く断食月のイスラム教徒たちは、朝5時ぐらいから夕方6時ぐらいまで水も口にしない。そして、食事を早朝の4~5時頃にするために睡眠不足になる。まだ断食に慣れていない最初の5日ほどは、貧血で倒れる従業員が続出するので生産性が落ちる。そして断食月は寝不足によって注意がさんまんになり、怪我や事故が多く発生してしまう。
季節性の製品や急ぎで作らなければならない製品において、日本の本社からは「休日出勤をして生産しろ」と言ってくる。
しかし断食月の残業や、断食明けの休みの連休はほぼ不可能だといっていい。
普段の金曜日には、男性だけ30分ほど昼休みが長くなる。イスラム男性はモスクに行ってお説教を聞くことになっているからだ。。女性のイスラム教徒はいつも通り仕事をしている。ただ、男性の管理者がいなくなるので生産性が落ちる。
インドネシアでは雇用も含め、宗教や容姿で従業員を差別することは禁じられている。非公式だが、ある会社では管理者をイスラム教以外から優先的にやとっているところもある。
2. 短期就労ビザが必携の国インドネシア

生産計画段階から、技術的・納期的に本社の支援が必要だと予想される場合は、3ヶ月前から担当者を複数人決めて、短期就労ビザ(タイプ312)を取得しておくことだ。就労ビザ以外では工場での作業はできない。近年入国管管理局や警察によるビザのチェックは厳しくなっているので注意が必要だ。
インドネシアの就労ビザ取得についての詳細は(就労ビザ取得方法)をみて欲しい。
ブカシ県のある工場に、午前11時ごろ、警察が数人で突然来た。
「Aさんという人が日本から来ていると思うが、彼は今どこにいるのか?そして、彼のパスポートを見せてもらいたい」ということだった。
Aさんは、日本から生産の支援のため急いで、ビジネスビザ(タイプ212)で来てもらったのだ。そのビジネスビザでは、工場内の作業ができないことは知っていたが、生産を間に合わせるために仕方がなかった。
対応した日本人の総務担当者は、あいまいにして、警察を会議室の中で引き止めていた。ローカルのからの連絡で、工場のそとに警察が待機していて、工場から出て行く車両をすべてチェックしたということだった。日本人が隠れて工場外にに出ていっていないか、という確認だ。
仕方がないので、Aさんには倉庫の奥に隠れてもらい、警察には「今はここにはいない」ということにしておいた。
なかなか引き下がらない警察は、「帰ってくるまで待っている」という。その間に、駐在員全員を集め、パスポートのチェックを始めた。
結局、警察が帰ったのは午後6時半過ぎで、日本人総務の担当者は警察につきっきりだった。もちろんAさんは倉庫に隠れたままだ。支援してもらうはずの生産はもちろん上がらず、ほぼ1日ムダな時間を過ごした。
裏金を渡したかどうかは明らかではないが、ブラックリストには入らなかったようだ。
警察がなぜ来たかを調べたると、ホテルの従業員と警察がつながっていたと予想している。ホテルのチェックインの時に、パスポートのコピーを取るのだが、会社名とビザの種類がわかるため、警察に連絡が入ったのだ。
その後は、ビザの確認で警察が来るのを避けるために、所轄外であるジャカルタ市内のホテルに泊まることになっている、ということだ。所轄外であれば、ホテルマンもバックマージンをもらえないので警察には連絡しないからだ。
しかし、工場内で作業をする場合は、かならず短期就労ビザを取得することをオススメする。ビザ取得には約3ヶ月程度かかるので、できるだけ早めに取得することだ。
3. 赴任者のモチベーションを維持するための秘訣

インドネシアに赴任する前には、日本の本社がインドネシアの工場をどうしたいのか、具体的な数値目標や行動をしっかり話し合うことが大切だ。赴任する前にはインドネシアに2週間程度滞在し、現地の赴任者との面談の機会をつくっておく。
赴任者の実行計画に落とし込み、毎年それを更新し、話し合いをして決めていくことだ。どこまで現地法人で決められるのかといった権限もはっきりさせることだ。
例えば、以下のような項目だ。
・3年後には利益を◯◯円にする
・生産金額で日本の17%をインドネシアで生産する
・このラインの生産性を150%にアップさせる
・設計できる現地人を5人にする
・現地管理者を養成する(自社認定する)
・現地調達率を60%にアップさせる
・毎年8%の賃金が上昇しても利益がでるようにコストカットする
・新製品比率を20%にあげる
・日本人比率(日本人数/従業員数)を2%以下にする
・不良率を1%以下にする
・納期遵守率を90%以上にする
・非イスラム従業員比率を9%にする
・クリーンルーム設置をする
などだ。
多くの赴任者は、社長や上司から会社の中でのインドネシア工場の位置付けや方針がわからないまま赴任してしまうことがある。そして現地工場での権限が決まっていない場合は、本社に判断してもらうことが多くなる。
すると赴任者のモチベーションがあがらないばかりではなく、ウツになる可能性もある。私自身も含め、赴任した当初は、モチベーションを高く持っているが、だんだん目の前の現実と本社とのギャップに悩むことになるからだ。
そのためには、6ヶ月に1回程度は本社との話し合いの場を作り、実行計画を修正していくことが大切だ。
日本から見れば「南の島」にいるのだから楽しくて、ウツにはならないだろう、という先入観があるが、本社との連絡が少なくなると赴任者は「インドネシアへの島流し」だと感じてしまう場合があるからだ。
4. 給与は個別に決めることで妻も安心

給与ついて不満があるのは、日本に残してきた家族への給与だ。
赴任する前にはプライベートのことも含め、じっくり話をして、現地と日本にいる家族との給与配分を個別に決める。現地での住宅や通勤の車、手当、保険などの待遇についても規定を作り、守ることだ。
今までインドネシアへの赴任者は、商社などの大企業が多くを占めていた。
商社では家族同伴が当たり前であったし、給与や手当の金額も大きかった。しかし、中小企業がインドネシアに進出する場合には、大手商社のように給与や手当をあげることはできない。社内規定を決めておくことは良いが、やはり話し合いをして個別に決めることが大切だ。
赴任者に関する手当・待遇についての詳細は(赴任手当相場)をみて欲しい。
費用を抑えるために、多くの中小企業は単身赴任になる。ちょうど赴任する30代や40代では、家のローンや子供の教育費などの出費が多くなる時期だ。日本での給与配分をしておかないと、妻や子供が生活できなくなるからだ。
現実には、家族の渡航費用など移動費も意外とかかるので、個別に対応することで赴任者の精神的負担が軽くなり、本来の仕事に集中してもらうことができるのだ。
現地の住居や車、ドライバー、一時帰国の費用負担、海外障害保険、所得税なども含め、赴任者一人に対する費用も大きくなる。これらを社内規定をつくり、お互いに納得することだ。大企業のエリート商社マンとは比較はしないことだ。特に住居は高額になる。
毎月のようにアパート代が上昇しており、ジャカルタ周辺でのアパートには3~30万円ぐらいの相場である。幅があるのは、インドネシア人向けと、外国人向けとの違いだ。
日本人が単身で赴任した場合、安全で快適に暮らす場合は、10~16万円ぐらいである。私は月3万円のローカル向けアパートを値段交渉して2万4千円ぐらいまで値切って住んでいたこともある。ただ、インドネシア語が話せないと、毎月のように発生する水や電気のトラブルに対処できないのであまりオススメはしない。
5. 赴任期間をきちんと守ることでパフォーマンスは高まる

人事担当者は、赴任前にはっきりと任期を伝え、人事移動の時期には必ずチェックして、帰任の時期について赴任者に直接伝えることだ。さらに次期赴任者の候補を決め、教育し、任期がきたらきちんと交代することだ。
赴任期間が赴任者にとって、大きな不安になっているのだ。
インドネシア赴任の場合のおおよその目安としては5年だ。経理については不正防止のために3年をオススメする。そして帰任した際の待遇についても、本社の都合を押し付けるのではなく、本人や関係部署と調整をして決めていく事が大事だ。
私の場合、赴任命令書には「赴任期間は5年とする」と明記されていたが、人事担当からは「これは単に書いてあるだけ」という説明だった。赴任者の多くは、いったん海外にでてしまうと本社から忘れ去られ「いったい、いつまで赴任するのか?」という不信感にかられてしまう。
私の場合は7年が過ぎても、帰任の話は全くなかった。人事担当に問い合わせても「後任は自分で探せ」とか「今は適任者がいない」という回答で「もしかしたら定年までここで働くのか」という不安にかられた。
結局、9年たってやっと日本本社に帰任し、赴任前と同じ部署に戻った。
50人以上いた部署だったが、女性社員は全員変わっていたし、約3割のメンバーは知らない顔だった。すると、中途採用者のように見られ、かなり違和感を感じたのだ。さらに、海外経験を生かした仕事ではなく、全くちがう配属になり、結局退職してしまった。
赴任期間をしっかりと守ることは、次期赴任者を決める上で重要になる。それは、私のように9年も赴任していると、次期赴任予定者は「オレも9年か、それとももっと長くなるのか」という不安にかられ、赴任命令を拒否するからだ。
6. 横領事件を防ぐための秘訣

赴任者が横領などの不正をする原因はほぼ女性関係だと言ってもいい。不正を防止するには、会社としてのチェックシステムとメンタルケアがの両方が必要だ。メンタルケアについてはあまり知られていないが非常に重要だ。
1. チェックシステム
システムとして経理担当の赴任者は3年で交代する。そして、会計監査人を本社の経理から6ヶ月ごとに派遣して、チェックすることだ。基本的な考えは「人は信じても、仕事は信じるな」ということだ。
現地法人の社長(工場長)は、赴任者が女性関係で深入りしていないかをチェックすることだ。具体的には、インドネシア従業員やドライバーに赴任者の生活態度を聞いたり、高速道路や駐車場のレシートと時間をチェックし、頻繁に訪れている場所があるかどうかを確認することだ。
通常の心理状態であれば不正は起こらないが、日本から遠くはなれ、赴任しているメンバーも限られているため、お互いに仕事内容をチェックすることは事実上できなくなり、たった一人で業務を行うことになる。すると入出金関係で抜け穴、横領、収賄などが簡単にできる方法が見えてしまうのだ。
2. メンタルケア
メンタルケアの重要性はあまり認識されていないが、海外赴任者にとっては必要だ。
具体的には利害関係のないコーチ、カウンセラーやセラピストを雇い、月に一度は本音を言える第3者の存在を作っておけばいい。
カウンセラーなどを雇う時には、会社としてはお金の補助をするだけでいい。それは、会社から推薦されると、そのカウンセラーから会社に私的な情報が流れていると感じてしまい、本来の利害関係のない安心して話せる相手では無くなるからだ。
私も個人的にコーチを雇って、相談をしたりアドバイスをもらっていた。会社や家族、友人にさえも言えないことは誰にでもあることだ。利害関係のない、自分自身をさらけ出せるコーチやカウンセラーの存在は非常に重要になる。
もともと赴任者が女性に深入りしてしまうのは、孤独や寂しさがおもな原因だ。寂しさを癒すことと、欲望が重なる女性関係が始まると、関係を続けようとするために正義感を失ってしまう。タイで長野県建設業厚生年金基金の担当者が横領容疑で逮捕された事件は、チェック機能とメンタルケアの2つが機能していない典型だ。
ある男性から「カラオケの女性に『形式的だから結婚してくれ』と迫られているがどうしたら良いのか?」と相談を受けたことがある。その相談者は日本に妻も子供もいる。もちろん私は反対した。
理由は、結婚した途端にお金を要求してくるからだ。それも本人だけでなく、遠い親戚からも「お金を貸してくれ」と言ってくる。そして、その金額は時間とともにエスカレートするので、プレッシャーに耐え切れず、会社の金を横領する結果になってしまうのだ。
7. 日本人同士の不仲はウツの原因

赴任者どうしのいざこざは、本当に仕事をやる気をなくしてしまい、最悪はウツ状態になる。
工場長や本社は、そうした「仲たがい」がないかどうかに目を光らせて、6ヶ月に一度は、1対1で話す機会を作ることだ。
赴任者は利害関係のないカウンセラーやセラピスト、相談者を雇い、自分の本当の思いを打ち明ける機会を作っていくことで解消される。
インドネシアに赴任している上司や同僚とは、仕事の時間だけではなく、接待や夕食、ゴルフなどの休日も一緒に過ごすことが多くなる。付き合う人間が仕事関係者だけの限定された環境になってしまうのだ。
何かをきっけかに関係が悪化すると、だれかにグチをこぼすことができず、インドネシア人従業員の前で日本人の批判を言い始める。すると現地の従業員も肌で感じ取り、日本人の顔色をうかがって仕事をするようになるのだ。すると、大事な要件や事件が発生しても、報告や相談ができない状況になってしまうのです。
私も一時期、日本人の上司と関係が悪化しました。しかし、利害関係のない相談者(コーチ)と契約をして、自分のすべてを打ち明けると不思議に解決しました。たぶん、自分自身の器(レベル)が上がっていったのだと今は感じている。
まとめ
インドネシア工場は日本の本社から見ると子会社か外注だ。経営者層はそのようには考えていないが、担当者レベルでは日本国内の子会社のような扱いをされてしまう。すると、赴任者はインドネシアの現実と日本本社の意識のギャップに悩まされストレスが増大する。そのストレスが日本では考えられないような横領事件に発展してしまう。
解決方法としては、お互いを理解するための機会をつくり、じっくり話し合うことが大切になる。日本の本社はインドネシアの状況を理解し、チェックし、メンタル面のケアをしていくことだ。赴任者がインドネシア工場のカギだが、最高のパフォーマンスを続けるためにも赴任者を「島流し」状態にしてはいけないのだ。
今回の記事を参考にして、日本本社もインドネシア工場も、共に発展し利益を生み続ける組織になることを願っている。